猫とステロイド※はじめてこのblogにいらした方は[はじめに]をご覧ください。※このエントリーの更新は新ブログにて行います。 last updated:2008/02/06 ●はじめに FIVを発症した猫さん、好酸球性肉芽腫の猫さん(2歳齢から治療開始)、難治性口内炎の猫さんと暮らしてきて、皮下・筋肉注射、内服投与、外用薬といった各種ステロイド剤を、約16年間、継続的に使ってきました。現在も、喘息と多発性関節炎の猫さんの治療で、多発性関節炎にプレドニゾロン錠やプレドニゾン錠、プレドニン錠(いずれも成分名プレドニゾロン)を経口投与、喘息にフルタイド50μエアーの吸引投与を継続しています。猫さんとその症状によって投与薬剤や投与方法、投与量は異なっており、一律ではありません。いずれの猫さんもステロイド剤による重大な副作用は顕著となっていません。*1 なお錠剤を投薬する時には胃荒れ防止のため療法食を利用しており胃薬の使用を軽減しています(詳細はこちら)。 ●基本的なこと ステロイド剤の投与は、低容量であれば炎症を抑えるため、高容量であれば免疫を抑制するために使われています。*2 そのため猫の場合でも、小さな炎症から免疫疾患までとステロイドの適応症は幅広くあります。 猫はステロイドの長期投与によく耐える個体が多い *3 ことでも知られています。人間や犬と異なった代謝機能を猫が兼ね備えていることとも関係があるようです。 適切なステロイド剤の投与がなされると、早ければ数時間後、遅くとも5~7日以内には炎症が治まります。適切な量に満たない場合には、数日経っても炎症を抑える効果は得られません。 ●獣医療での幅広い利用 獣医師はさまざまな疾患の猫にステロイドを利用します(いずれも人間に使われている医師処方の医療用ステロイド剤をそのまま利用しています)。 しかし、ステロイドの投与時に患者さんに、ステロイド剤の特性、ステロイド剤を投与する理由、投与する薬の名前と投与量、寛解の可能性と予後、減薬コントロールの方法、副作用の予防・発見・治療について、十分な説明をする獣医師はそれほど多くありません。獣医師からの説明をすぐには理解できない患者さんへの準備を整えている獣医師はさらに少なくなります。 このことは獣医師に対する不信を与える大きなひとつの理由になっていると愚考します。ステロイド剤が幅広く使われている現状を考えると、説明不足によって生じる獣医療に対する不信感の広がりの重大さをご理解いただけると思います。 患者さん自身が十分な説明を受けたうえで納得して治療をすすめていれば、患者さん自身がステロイドの減薬コントロールをしっかりと管理する一助になります。是非は別として癌治療にステロイド剤を利用することも広く行われていることから、早期のうちに抗癌剤治療の選択も視野にいれることができるはずです。 ●副作用は? ステロイド剤投与によって副次的に生じる作用には一般的に、食欲増進や利尿作用からくる尿量増加があります。食欲増進も度がすぎると肥満になります。継続的に高容量を投与していると利尿作用により慢性的な脱水症状になります(血液検査ではBUNや蛋白が高値となります)。長期的な投与の場合にはエコーで把握できる程度の脂肪肝になることが多いようです。 重大な副作用には医原性の糖尿病があります。ただし長期の投与により必ず生じる副作用ではありません。また医原性の糖尿病を引き起こす薬剤はステロイドだけではない(後述、松木直章「犬と猫の内分泌疾患ハンドブック」10頁)ことにもご注意ください。 ステロイドの減薬コントロールがうまくいかなかった場合には、副腎機能低下が生じます。とりわけステロイドの投与を急激に中止した場合には副腎機能不全が起こりえます(必ず減薬コントロールを経たうえで休止しなければなりません)。 なお吸入薬の場合は投薬量が内服の場合よりもはるかに少ないためこれらの副作用をほとんど心配しなくて済むという利点があります(参照:吸入ステロイド薬の副作用 @宮川医院)。 ●猫に使われるステロイドとは? 各薬剤の添附文書は医薬品医療機器総合機構の医療用医薬品添附情報検索ページをご利用ください。 ◆内服薬の場合 *図のなかに書かれている「デポ・メドロール」は注射薬(後述)です。5kgの猫さんにプレドニゾロン5mg1錠/日投与と同程度の内容を注射したことを想定しています。注射の投薬内容量が多くなればy軸の体内残留値は高くなりますのでご注意ください。 経口薬の商品名にはプレドニン、プレドニゾロン prednisolone のほかにプレドニゾン prednisone やプレロン、プレドハンなどがあります[詳細@お薬110番]。 お手持ちの薬に刻印されている包装コードから製薬会社と錠剤の画像を調べるにはhealthクリックが便利です。New! 薬剤の添付文書は1箱単位(100錠、500錠、1000錠入りなど錠剤によって単位はことなります)で処方されれば箱に在中しています。しかし動物病院で処方される場合は分包された状態で渡されることが多く添付文書をつけてくださる動物病院はあまりないかもしれません。そこで、添付文書を読むためには、薬剤を処方していただくときに動物病院でコピーをいただくか、該当錠剤の添付文書をWWW上から取り出すことが必要です。医療用医薬品の添付文書情報検索では「一般名・販売名」にプレドニゾロンを記入して検索を実行して該当錠剤を見つけることができます。添付文書を読むときには人間の場合についての記載であり猫さんにはそのままあてはまらないことが多いことにはご注意ください。 ◆注射薬の場合 猫の皮下または筋肉注射する場合の期待される効果は、経口投与と異なって、一定の作用を比較的長期間及ぼすことです。注射後に副作用が生じた場合にはステロイド剤を体内から取り出すことは不可能なので、高容量を投与する場合は特に安全性について説明をして患者さんの確認をとってから注射することが望ましいと思います。 よく使われているのは、デポ・メドロール(※プレドニゾロン5mg1錠とほぼ同じ)です。経口薬の投与が困難な場合でかつステロイド剤の投与を治療に必須とする場合にも広く利用されています。1回の注射により約2週間から数ヶ月効果が持続します(個体差あり)。同一内容の注射を繰り返すことにより反応が悪くなることも知られています。ただしこの場合でも内服に切り替えると好反応を得られる場合も少なくありません。 このほかデキサメサゾン(※プレドニゾロンの8倍)も使われることがあります(私は未経験です)。抗生剤注射液のクロロシンにもデキサメサゾンが配合されています。 ※動物用医薬品副作用等情報(動物用医薬品協同組合編集)による用法・用量・使用上の注意・副作用情報‥プレドニゾロン注射液 ・デキサメトゾン注射液。 ◆外用薬の場合 外用薬としては、軟膏があり、猫の口腔内疾患にケナログ(主成分トリアムシノロンアセトニド)が使われています(※購入者の住所氏名を記入して薬局で購入可能です。主治医である獣医さんで相談してからのご使用をお願いします)。トリアムシノロンアセトニドを配合した抗生剤ビクタスS MTクリーム[犬猫用](成分名オルビフロキサシン)も利用されています。 吸入薬として、喘息の猫にフルタイド50μエアーが使われています。 ※吸入ステロイド剤については猫と喘息の薬にまとめを書いています。お薬110番@人間用もご参照ください。 フルタイドMDIを4回押し/日であれば摂取量は50μ×4=200μ/日となります(※μg=10-6g ですので 50μg=0.000001g×50となります。単位の換算表(メートル法単位で使われる接頭辞を参照。内服に比べて摂取量がごくわずかであるとお分かりいただけると思います)。。5mg錠のステロイドを割って使う経口投与に比べて、わずかなステロイドで喘息をコントロールできる可能性があります(ステロイドの経口投与による副作用を心配する場合はとくに検討に値するでしょう)。 吸入ステロイドの半減期(=投薬効果がなくなる時期で投薬量には左右されない)は猫では8時間とされており喘息の程度によっては朝晩吸入することが推奨されています。[出典:Dr. Philip Padrid, RN, DVM, "Feline Asthma, Treatment Guidelines for Using Inhaled Medication,Flovent? (fluticasone propionate) and albuterol metered dose inhalers with the AeroKat? Feline Aerosol Chamber",2004.PDF] [追記]2007/11/01 そのほか目薬(点眼・点鼻)として、フルメトロン・フルオロメトロン(成分はいずれもフルオロメトロン)、サンテゾーン点眼液(※上述のように作用の強いデキサメトゾン)、オルガドロン点眼・点耳液(成分名リン酸デキサメタゾンナトリウム。眼科用コルチゾン剤。包装写真)が使われています。点鼻薬としてフルナーゼ(成分名プロピオン酸フルチカゾン)も使われています。 ●副作用への対策は? ◆投薬内容を把握する ●最後に ステロイド剤を使うことになった場合、とくに最初のころは不安でいっぱいな気持ちになるかもしれません。ステロイドを使いながらも不安を抱えたままの方もいらっしゃるかもしれません。ステロイドを使いたくても様々な理由から使えない場合もでてくるかもしれません。 そんな時には、根拠のない不安はとりあえず横においてみてください(^^; 対症療法なのか、症状の原因となっている疾患に対する処方なのかを見極めることも大切です。 猫さんの一生は人間に比べるととても短いです。 気を落とさず・めげずに・前進されることと、できるかぎり正確な情報を求めて、担当の獣医師や他の獣医師、他機関、文献などに積極的にあたられることで打開策を見つけることができると思います。この記事がほんの少しでも一助になれば幸いです。 末筆になりましたが‥うちの猫さんたちの治療にあたってくださった先生方、いまも治療にあたってくださっている先生方と動物病院のスタッフの方々に心より感謝申しあげます。とりわけ大学病院での通院治療中に貴重な時間を割いてどんな疑問に対しても一生懸命丁寧に分かりやすく教えてくださった先生方の存在をいまなお有り難く思っています。そしてこの拙文をお読みいただいた皆さんが猫さんの治療を納得してすすめていくことができるようにと祈念しております。 [参考になるページ] ●副腎皮質ステロイド < 動物のくすり @東京大学獣医薬理学教室 ‥動物に使われてる人間薬について簡潔にまとめています。 ●内科疾患に対する免疫抑制剤の使い方[PDF] @大野耕一助教授(東京大学農学部獣医内科学教室) ‥2002年9月27日初出という少し古い情報ではあるもののなお参考になる部分が多くあります。猫の免疫疾患に対する治療はまだ十分には進んでいないからです。 ※ファイルに対しての直接リンクはご遠慮願いたいという執筆者のご意向を尊重したく存じます。そのため、お手数ですが、googleで上記タイトル「内科疾患に対する免疫抑制剤の使い方」を検索していただき(一番上位にヒットします)PDF書類をダウンロードしてください。 ●Mking's Annex @松木直章助教授(東京大学大学院獣医学専攻獣医臨床病理学教室) ‥東大附属家畜病院の学生・研究生向けの「犬と猫の内分泌疾患ハンドブック」をdownloadできます(現在のバージョンは:2007.9.13版です)。同ハンドブックによると猫の医原性糖尿病は多く、ステロイド剤以外の薬剤でも生じ、継続的なインスリン治療が必要となっている(10頁)そうです。 ステロイド剤を摂取したときに生じうる重大な副作用である猫の糖尿病についても詳しく書かれています(9~17頁,30~31頁)。糖尿病という副作用が心配な方や、高齢猫に多いと言われる甲状腺機能亢進症(38~40頁)などの内分泌疾患について関心のある方には得るところが多いと思います。 [注釈] *1 ステロイドの利用によって症状の寛解が得られた猫さん@好酸球性肉芽腫群 は寛解後4年生存しました。わずかなぶり返しには最低容量のステロイドを利用して良好なコントロールを得ていました(死去時17歳11ヶ月。約1年半、田七人参を経口投与により併用)。 *2 疾患により微妙に異なるものの猫の場合の高容量とは概ね2-4mg/kg/日を意味します 。5kgの猫であれば、5mgのプレニドゾロン錠を1日2~4錠投与することになります。ただし上記投与量では免疫抑制の反応が悪い猫には4-8mg/kg/日を必要とするとされており、この場合は5mgのプレドニゾロン錠を1日4~8錠投与となります。大野耕一「内科疾患に対する免疫抑制剤の使い方」1,4-5頁参照。[追記]2008-02-06 New! ヒトに投薬された場合のステロイドが炎症を抑える作用は「炎症を起こしている細胞の中に入り込んで、中にあるステロイド受容体と結合して」「炎症性サイトカイン遺伝子に到達し、その転写を抑え」ることで得られています。ステロイドは炎症を起こしている細胞だけに入りこむわけではなく「全身の他の健全な細胞の中にも入って、その細胞で働いている遺伝子の活性化状態をも変化させます。」そこで副作用が全身に及びうることになります。竹内勤『膠原病・リウマチは治る』(文藝春秋、2005)183頁。井上哲文「治療の歴史 免疫抑制薬」(月刊治療学、1999年2月掲載)[web魚拓]も参照。 *3 大野、同上、1頁。 *4 猫の(多発性ではない)関節炎に、犬の場合と同様に、非ステロイド系の消炎剤(NSAIDs)の利用を検討される場合もあるようです。NSAIDsの代表的なものには犬猫用のケトフェン、犬用のメタカムなどがあります。動物用医薬品メタカム0.5%注射液の対象動物として猫が追加されたのは平成18年のことで再審査期間が2年間です(詳細)。 なお猫へのNSAIDsの投与は短期の場合にのみ支持され、長期での安全性は確認されていないことにご注意ください(出典:私自身は孫引きしていますのでこの点にもご注意ください:■猫における非ステロイド抗炎症剤:概説 Nonsteroidal anti-inflammatory drugs in cats: a review Vet Anaesth Analg. April 2007;0(0):.B Duncan X Lascelles, Michael H Court, Elizabeth M Hardie, Sheilah A Robertson:情報元:週刊V-magazine第296号-2007年9月18日号)。 NSAIDsについてはNSAIDs(解熱鎮痛薬)不耐症・過敏症@独立行政法人国立病院機構相模原病院臨床研究センターをご覧ください(人間用)。 *5 猫の多発性関節炎の治療にもプレドニゾロン/プレドニンが使われています。糖尿病の副作用が出たためにプレドニゾロン/プレドニンの利用ができなくなり対処方法としてシクロスポリンが使われることがあります。参照:シクロスポリンを使用した猫の2例 2003年3月@Pet Clinic アニホス [web魚拓]。 New! 多発性関節炎とは異なる疾患でシクロスポリンを猫に投与した症例報告もあります。水越健之、松川拓哉、安川邦美、松本秀文、松村晋吾、長崎鉄平「猫白血病ウイルス陽性の赤芽球癆の2例」動物臨床医学 Vol. 15 (2006) , No. 1 pp.1-4 [PDF] [追記]2008/01/05-09 また猫の喘息治療において内服ステロイド剤でのコントロールが困難となった事例において吸入ステロイド剤(ベコタイド 50インヘラー)を使用した事例@日本があります。参照:「気管支鏡検査により猫喘息と診断し、ステロイド吸入療法で管理した1例」城下幸仁・松田岳人(相模が丘動物病院,2004)[web魚拓] [追記]2007/01/07 *6 猫さんの尿糖チェックに私自身は人間用の試験紙を利用しています。購入したのは、テルモの新ウリエースGaです。尿蛋白も同時に検査できるBTタイプや尿糖や尿蛋白にくわえて尿潜血も検査できるKcタイプもあります。他社にも尿糖をチェックできる試験紙はあると思います。 自宅での尿検査については「家庭での尿検査のすすめ」(人間用)も参考になります。できる限り正確な結果に近づけるために検査するときのみ検査紙を取り出してすぐに容器のフタをしっかり閉める、検査紙に手を触れない、必ずそのまま一枚で使う(1枚あたりの費用を抑えたい場合は毎日ではなく2~3日に1回の尿糖検査にする)ようにします。New! 検査紙を購入するのではなく採尿用の「ウロキャッチャー」(津川洋行)を動物病院にて購入することも可能です(0~100円)。自宅採尿後、動物病院にて尿検査の依頼をします(参照;検査料(尿検査)浸透圧・尿中物質判定量検査・尿沈査顕微鏡検査@ 小動物診療料金の実態調査結果‥日本獣医師会が平成11年に実施)。 [関連記事] ・動物のくすりについて‥[動物のくすり]・[猫と抗生物質]・[猫と喘息の薬] ・猫の病気について‥[猫の喘息] ←[Home]に戻る |